宿なし、プランなし、英語なしで世界一周へ。ラオスで像使いになった鰍澤将平さん

宿なし、プランなし、英語なしで世界一周へ。ラオスで象使いになった鰍澤将平さん

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宿なし、プランなし、英語なしで世界一周へ。ラオスで象使いになった鰍澤将平さん

 

専修大学人文ジャーナリズム学科3年 (長野県出身)

鰍澤将平(かじかざわ・しょうへい)

 

【活動内容】

1993年生まれ。長野県出身。自宅で英語塾を開いていた母、海外へ単身赴任をしていた父の影響で、幼いころから海外に興味を持つ。高校卒業後、一浪を経て専修大学へ入学。大学3年次に休学し、幼いころからの海外への興味を行動に移すべく、マレーシア行きのチケット1枚で世界一周へ飛び立った。16か国を訪ねた後、フランスで資金が尽き世界一周を断念する。

 

 

大学を休学し世界一周へ飛び立った鰍澤将平さん。そのスタートは1日目に泊まる宿も決まっていないまま、マレーシア行きのチケットを購入したことだと言う。「チケットが安かったので今しかないと思った」と笑顔で話す彼だが、言葉の壁や治安、衛生面などに不安はなかったのだろうか。また、フランスで資金が尽きたそうだがインドには約1カ月も滞在していたという。世界一周することが目的ではなかったのか。そんな彼のリミッターの外れた行動に魅力を感じ、世界一周したいと思ったきっかけや、一歩を踏み出す勇気の根源に迫った。

 

 

きっかけは後付け。いろんな世界を見てみたかった。

 

――宿も決まっていないままチケットを購入して世界一周に出発したと聞いています。言葉の壁や移動手段など、イメージするだけでもハードルが高いのですが、世界一周に行こうと思った経緯について教えてください。

 

突発的なきっかけがあるわけではなくて、徐々に自分の中で行きたい想いが湧き上がってきたという感じなんです。

母親が英語塾をやっていて、そこで外国人向けに日本語を教えるということもしていて、昔から割と頻繁に外国の人の出入りがありました。あと、父親がフィリピンに単身赴任をしていて、現地の社員が日本に研修に来た時に、家に来たりしていました。小さい時から海外の人が割と身近にいる環境にはあったので、漠然と海外に対する興味は持っていました。

 

その関係で、小学生の時に初海外でフィリピンに行ったんです。フィリピンも今こそ栄えてきているイメージがありますが、十数年前の当時はスラム街がバーッと広がっている環境で、初めての異文化に衝撃を受けたのを覚えています。

ある地域に、フィリピン全土から集まったゴミでできたゴミ山があり、そこでゴミを集めながら生活している人がたくさんいて…。衝撃的でしたね。

その頃は小学生だったので詳しいことは全然わからなかったんですけど、「日本じゃ考えられない世界があるぞ」というのは漠然と感じました。

 

宿なし、プランなし、英語なしで世界一周へ。ラオスで象使いになった鰍澤将平さん

 

 

――幼いころから海外を身近に感じていたとのことですが、世界一周に踏み切るきっかけはなかったのですか?

 

それが本当にないんですよね(笑)。

世界一周しようと思った理由を後付けすれば、「いろんな世界を見てみたかった。」です。

小学生の時にフィリピンに行った経験から、今の自分がいる環境とは明らかに違う世界に興味もあったし、地理の授業が好きだったので、教科書の中の写真で見ていた世界に実際に自分が行ってみたいという思いもありました。

 

あと、高校3年の時にバックパッカーのブログを見つけたんです。FC2ブログに、「バックパッカー」というカテゴリがあって、その中に好きな旅人さんがいました。リュック一つで行きたいところに行って、食べたいものを食べてー…。という生活をしている人がいるんだ。これ超楽しそうじゃん!って思って、高校3年なのに受験勉強もせずにその人のブログを読み漁ってましたね。

 

その人が語学力0でヨーロッパに旅したことをブログに書いていたんです。その後留学して、英語を勉強して、世界一周に行って…。というブログをずっと読んでいました。

海外に行くとなると、「英語は?」っていう問題が出てくると思うんですけど、無くても大丈夫じゃんと思いましたね。

無謀なことではないと思いましたし、実際にやっている人がいるんだから自分にもできるだろうと思いました。

 

 

 

――そういうブログを読んでいく中で、自分が旅するならこういうプランでここに行きたいみたいな妄想ってしましたか?

 

やりましたね。その時は世界一周に行くとも思ってなかったんですけど、世界絶景写真集やバックパッカーのブログから行きたいところをピックアップして、移動手段を調べたり、頭の中でプランを立てたりしていましたね。

 

宿なし、プランなし、英語なしで世界一周へ。ラオスで象使いになった鰍澤将平さん

 

 

――世界一周中は頭の中のプランが役に立ったこともあったのですか?

 

いや、ないです(笑)。出発した段階では、どこの国から行くかも、初日の宿も本当に決めていなかったんです。唐突に、ここからここへは飛行機で行こうって言っても、実際にはお金が高かったりするので…。

たまたま出発しようと思ってた前後の日に、キャンペーンでマレーシア行きの飛行機がめちゃくちゃ安くなっていたんです。すぐに「俺はこれで行くしかねー!」って飛行機を予約して、今までのプランなんかもすっ飛ばしてポーンと出発しました。これからは行きたいところに行くようにしようぐらいの気持ちでしたね。

 

 

お金が貯まらない!世界一周への道「準備編」

 

――これで行くしかねーと思えるだけの準備が必要だったと思うのですが、準備期間の生活について教えていただけますか?

 

やっぱりお金が必要だったのでひたすらバイトはしていましたね。あと、必要なものをちょくちょく買い揃えたり、休学手続きをしたり。

大学2年の時は、ほぼ毎日学校が終わったらバイトという生活をしていました。

本当は、大学2年が終わって春休みに入った段階で、2月か3月に出発したかったんですけど、どうにもこうにもお金が貯まらなくて…。休学してから最初の2か月間フルでバイトを入れてお金を稼ぎました。

 

 

 

――僕の感覚からすれば、毎日バイトをしていたらお金はめちゃくちゃ貯まるのではないかと思うのですが、お金が貯まらなかった致命的な原因とかありましたか?

 

やっぱり、あると使っちゃうんですよね(笑)。あと、カメラとレンズ、パソコンを購入して一気に50万円くらい飛びました。

大学2年の時は月10万円くらいは稼げていたんですけど、口座に常に20万円くらい入っていて、そっから生活費に消えて、また給料が入ると20万円近くになって、の繰り返しで全然お金が貯まんないんですよね。ある時、「あれ?俺こんなに働いてるのになんで残高増えないんだろう。」と思ったら、実はそれだけ稼げていることを知った親が仕送りを止めていて…。

世界一周の資金も生活費も口座は一緒にしていたので、残高が20万円あるとパッと見多く見えるんですよね。それが全然増えなくて、そういえば親からの仕送りってどうなってるんだろう。と思って親に確認したら、「もう送ってないよ~」って。

どうりで増えないわけだと思いました(笑)。

 

 

 

――どうりで増えないわけですね。最終的な資金としてはいくら用意して出発したのですか?

 

資金としては、40万円準備して出発しました。だけど40万円じゃやっぱり足りなくて、途中親に借りながら旅を続けていたんですけど、もうこれ以上行けないってところで旅を断念しました。

 

 

 

――これ以上行けないと思ったのはなぜですか?

 

これはもう一言に尽きます。お金が尽きた(笑)。これ以上親に迷惑かけるのは申し訳ないってところで帰ることにしました。基本的にクレジットで支払いをしていたので、翌月に請求が来るんですよね。口座残高と請求額を照らし合わせたときに、「やべぇ。足りねぇ。」ってなって、これ以上借りて続けるわけにもいかないと思い、帰ることにしました。

 

カッパドキア 旅

――ブラックリスト入りはしたくないですね。

 

 

空港であやしい書類を書かされる。世界一周「トラブル編」

 

――ダイジェスト版みたいになってしまって申し訳ないのですが、世界一周で辿ったルートについて教えていただけますか?

 

まず、マレーシアです。そこでもちょっと問題があって…。

しょっぱなに羽田空港で問題が起きたんです。ぶっちゃけそこが一番焦ったんですけど、超どきどきと超不安と超ワクワクの入り混じった気持ちを、叩き落されたような感じでしたね。

観光ビザでマレーシアに入国する場合には、行って帰ってくるのが前提なので、帰りの航空券がないと航空会社は乗せてくれないんです。もちろん僕はマレーシアに行って帰ってくるわけじゃないので、帰りの航空券なんか持っていないんです。そしたらカウンターのお姉さんに「帰りの航空券を持っていないとご搭乗いただけないです。」と言われて…。

僕としては「ふぁっ!?」って感じで(笑)。

 

事情を説明して、「陸路でタイに行くのでちゃんとマレーシアから出ます。」って言っても、「今はマレーシアへの入国が厳しくて…。」と言われました。それでも食い下がって、「何とか乗せてください。」と交渉すると、航空会社の、我が社は一切の責任を負いませんっていう誓約書にサインすることで何とか通してくれました。

 

この件に関しては本当に心臓もバクバクでしたね。大学も休学しているし、前の週に仲の良い友達が送別会を開いてくれていたんです。だから、「俺はどんな顔して戻ればいいんだ。」って思いましたね。

 

それから、マレーシア、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジア、インド、スリランカを周り、ここでパキスタンのビザが日本でしか取れないのと、友人の結婚式があったため一時帰国しました。

 

その次にパキスタンの中国側にあるフンザという地域に行きたかったのですが、土砂崩れがあり行けなくなってしまったんです。いろいろ考えた結果、安い航空券のあるトルコに行くことにしました。トルコ、イタリア、バチカン市国、スロベニア、クロアチア、オーストリア、スロバキア、ドイツと周り、フランスで力尽きました。力というかお金が尽きました(笑)。

 

ジャイサルメール 旅

 

 

――ありがとうございます。海外旅行にはトラブルが付き物だと思うのですが、衝撃的だったトラブルってありましたか?

 

ほぼ毎日トラブルみたいなもんなんですけど、ラオスで密輸バスに乗せられたり、ベトナムでパスポートを無くしたり、カンボジアでおばさんばっかりの風俗に連れ込まれたり…。カンボジアの風俗なんか拉致みたいなもんだったんですけど、5、6人に囲まれて連れていかれたんです。その中に1人明らかに力の強いやつがいて、そいつがオネエだったっていう。

そして、連れていかれる最中におばさんの1人にメガネを奪われたんです。そのおばさんが店の一番奥で僕のメガネを持って、「カモーンカモーン」って言いながら腰を振っているんです。

 

「カモーンじゃねーよ。おめーが来い。」と思いましたけど。

 

こっちがニコニコしてると、向こうはまだ大丈夫だと思って調子に乗るんで、「おいふざけんな。いい加減にしろ。メガネ返せ。」って怒っていることをアピールしました。全部日本語で。

普段怒ることはないので、怒っているんだよーってことを伝えるくらいですけど。

 

他にもフランスの山奥でバスから降ろされたり(笑)

 

カッパドキア 旅 気球

 

リミッターのはずし方は「とりあえずやってみる」こと

 

――いろいろな世界を見て、鰍澤さんが得たものってなんですか?

 

もう大抵のことでは驚かなくなったことですね。ちょっとやそっとのことでは驚かなくなりました。自分の中ではインドに行ったっていうのが大きいんですけど、多分話し始めると終わらない…(笑)。

インドには丸々一ヶ月間居たんですけど、服を着たまま水道で水を浴びて、「はいシャワー終わり。」みたいな雰囲気で出てくるおっちゃんとか、外の水道で食器を洗って、そのまま地面に積み重ねてまとめて運んでくるレストランとか、お前ら洗った意味ねーだろと。

それでも生きてる人たちがいるんで、大抵のことは何とかなります。

 

あと、ラオスで象使いの免許を取りました。

「パァイ!」って言うと象は前に進むんですよ。そして、「ブンブン!」って言うと腰を振ります。ブンブン。

 

ラオス 象使い 免許

 

 

――なかなかリミッターが外れている行動をされていますね。 これから一歩を踏み出したい学生に向けて、鰍澤さん流のリミッターの外し方を教えてください。

 

自分ではリミッターが外れているつもりなんて全然ないんですけど(笑)。

 

とりあえず、やってみてください。

やりたいことや興味があることがあったら、考えるより先に行動して、それから考えてみてください。

とりあえずやっちゃってください。

何とかなります。

 

 

資金40万で世界一周に飛び立つというのは普通の感覚ではない気がしますが、それも考えるより先に行動するからなのでしょうか。いずれにせよ、やりたいことがあっても、色々と理由をつけて一歩を踏み出すことができない人は多いと思います。鰍澤さんの生き方は、万人が真似できることではないと思いますが、まず何かをやってみることは私にもできることだと感じました。ありがとうございました。

 
 

 

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