仕事よりもフットサルを 愛してしまった男、中村恭平さんの学生時代とは!?

仕事よりもフットサルを愛してしまった男、中村恭平さんの学生時代とは!?

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NPO法人府中アスレティックフットボールクラブ 

副理事長/競技部GM

中村恭平(なかむら・きょうへい)

 

【プロフィール】

小学校からサッカーを続け、高校のときに参加したフットサル大会でその魅力の虜になる。大学ではサッカー愛好会と学校開放によって使えるように交渉した小学校の体育館でフットサルを練習し、選手として活動。1997年に兄弟とその仲間と作ったチームで2000チーム以上の参加のあった第2回全日本フットサル選手権で優勝。2000年に小学校の体育館で共に練習してきたOB達とともに府中アスレティックFCを結成し、初代監督に就任。現在では、府中アスレティックFCのGMとしてクラブの強化、JFAフットサル委員会の委員としてフットサルの普及や、指導者の育成に携わっている。また、2016年から中央アジアのトルクメニスタンのフットサル代表監督としても活動しており、世界を股にかけて活躍している。

 

 

小学生のときからサッカーを続け、今もなおフットサルやサッカーの仕事に携わり、また会社経営までも経験していた中村さんの学生時代にフォーカスをしてお話をお聞きしました。学生時代の中村さんは、いったいどのような学生だったのか。フットサルを仕事にするまでにどのようなことをしてきたのか、またそのときの心境に迫っていこうと思います。

 

 

学生時代はほとんどサッカーとアルバイト

 

――中村さんの大学時代についてお聞きしたいので、まず専修大学に入学をした経緯について教えてください。

 

専修大学に入ったのは、都立高校で一生懸命サッカーと勉強を両立していたら推薦がもらえて、受験勉強をしなくても大学に入れることになってしまったんだ。つまりは、ぎりぎりまでサッカーをやっていて大学受験をする選択を放棄してしまったわけ。当時からアルバイトもしていて、さらにサッカーをしていたかったから受験してる時間がもったいないと思ったのが実際の心境だった記憶がある。

 

 

 

――実際に入学してどうでした?

 

夢を膨らませて大学に入ってみたけど、サッカー部に入ることができなかった。理由は、けして裕福な家庭ではなかったために、学費を全額自分で負担しなければならなかったわけ。入学して気が付いたけど周りの人以上にアルバイトしないと学校に行けませんでした。そのため、特に1年生のときは授業というよりはほとんど働いてました。(笑)

 

 

 

――何種類くらいのアルバイトを経験したのですか?

 

だいたい100種類くらいはやったかな。東京競馬場の開催時の機動隊のアルバイトがメインで収入のほとんどだったかな。この仕事はいろいろな人に会ってすごい経験をさせてもらったので本当に感謝しているんだ。

 

 

 

――すごい数のアルバイトをしてますね。

 

そうなんだよ、結果的にその経験が今に役に立ってるんだけど、やる以上は中途半端にしたくなかったので、やり始めると何でもやるし、続けるし、なんでもだんだん極めていった。所詮バイトだろと思うかもしれないけど働く以上はどんなに苦しくても、辛くても、虐げられても楽しく明るくいこうって気持ちでした。だけど、アルバイトばかりしていても大学に行っている意味を見いだせなくなりそうになってきて、落ち着いてきたころに思い切ってサッカー愛好会に入ったんだよね。これは本当に楽しかった。今でもサッカー愛好会は存在するのかな~?

 

 

 

――当時の1日の生活サイクルはどんな感じだったのですか?

 

朝起きるとまず透析をしていた祖父を病院まで送り届け、そのため午前の授業にはほとんど出れないけど、昼に愛好会で練習があったからそれに間に合うように大学に行って、練習後に授業中なんだけどお昼ご飯を食べてつまり授業にはほとんど出ていない(苦笑)さらに夕方からは高校でサッカー部のコーチをしてたから授業が終わる前には抜け出して練習にいくわけ。その上、夜は毎日アルバイトしてたんだけど、木曜と土曜だけは地元の小学校の体育館でフットサルの練習して、練習後またアルバイトっていうサイクルで生活していたよ。だからほとんど睡眠時間がなかったです。

 

 

 

――なるほど、毎日そんなに大変な生活をしいて練習をサボろうと思ったことはないですか?

 

それはなかったね、練習をしたくてアルバイトしてて、大学を選んだのもサッカーしたくて入ったわけだしね。でも、今思えば起きれなくて行けなかったこともあったかもしれないけど、ほとんど行ってたことで「あいつ代表で良いんじゃね」みたいな感じになってサッカー愛好会の代表にいつの間にか選ばれてしまった。

 

 

フットサルに出会ったのは高校時代

 

――フットサルに出会ったのはどのタイミングなんですか?

 

18歳のときに、府中市で第一回サロンフットボール大会が開かれて、みんな受験生だったから受験のない私と先輩や後輩たちとでチームを作ってその大会に出ることになったのよ。そうしたら「このゲーム面白いな」って思って、直感的にフットサルは自分の将来、この競技を広めるための仕事をするんじゃないかなと思ったよ。だから、その大会が無かったら今何をしてたかわからないね。

 

 

フットサルを仕事にするために

 

仕事よりもフットサルを 愛してしまった男、中村恭平さんの学生時代とは!?

 

 

――2000年にクラブを作るまでは何をされていたんですか?

 

クラブを作るまでは会社員をしていました。就職活動のときに、就職勉強会で自分は本当は何をやりたいんだろうな、どういう人生を歩めば良いんだろうなって考えてみたら、頭からフットサルが消えなくて、そうしたら主催者に「そんなにサッカーが好きなら、サッカー協会に行けば?」て冗談交じりに言われたんだけど、私はそれを真に受けてサッカー協会に行くわけですよ(笑)入社させてくださいと・・・しかも結構しつこく。

 

――採用は貰えたのですか?

 

キャリアの積んだ人しか採ってないって断られちゃって、「じゃあどこでキャリアを積めば良いですか?」って聞いたら「代理店に行け」と言われたの。だから広告代理店に行くことに決めたんだけど、大学時代勉強なんてほとんどしてなくて、さっき言ったようにアルバイトとサッカーしかやってなかったんだよね!だから一途にサッカーを頑張ってきたことを熱を込めて面接で伝えたんだよね。そうしたら「面白いね」って言ってもらえて3000人に一人ぐらいの倍率なのにまぐれで広告会社の大広(現在は博報堂)という会社に入れたんだよね。

 

 

夢を持って一生懸命に取り組んで欲しい

 

仕事よりもフットサルを 愛してしまった男、中村恭平さんの学生時代とは!?

 

 

―― 一生懸命に何かをやるっていうのはとても大切なことですよね。

 

そうだね、何か勘違いでも良いから何か見つけてほしい。何でもいいから一歩を踏み出せばいいんだけど、誰かのためになるとか、誰かを喜ばせるようなことかどうかだけ、選んでほしいな。私が高校生の時点でやりたいことを見つけられたのは私にとってとても幸せなことだったよね。そういえば去年、専修大学の授業の中で学生のみんなにキャリアビジョンの講義をさせてもらった時に、将来の夢はありますか?って聞いたんだけど、手を挙げたのは半分くらいで。その夢を1分で書いてみてってお願いしたわけ。夢がある人はすぐ書けると思うの、でもまだちゃんとない人はやっぱり時間が足りないんだよね。それでもう3分あげるから書いてみてって言って、その後にもう1つ質問したの。ちなみにあなたは夢はある?

 

 

 

――はい、まだざっくりとした夢しかないんですけど、起業をしてみたいなって思っています。ただ、まだ何をしたらいいのかわかってなくてこの活動を通して学んでいるところです。

 

なるほど、それはいいと思う。だけど何のために起業するのかっていうのと、誰のために、どこで、いつ、どのような会社でっていうのをざっくりと落とし込まないと、それはいつまでたってもおぼろげな夢で終わっちゃうの。だからその時にどんな会社でどんなサービスをやろうって考えても、残念ながらあんまり見つかってこないんだよね。だから、誰のためにするのか、誰を喜ばすのかっていう風に考えたほうが良いのかなって思うよ。

 

 

 

――ありがとうございます。

 

話は戻るけど、授業中に質問したのは、「将来の夢を2つ以上書いた人」って質問してて、そうすると、200人ぐらいの学生の中で2人か3人くらいしかいなかったんだよ。だから私が小学生のときの話をしました。自分の夢を絵にして描きましょうという授業で、私は絵が描けなかったんだよね、だからみんなの絵を見て「お前こんな夢なのかよ」みたいにちょっかい出してたのよ(笑)先生にこっぴどく怒られたけど、それから1時間しても描けなくて。

 

 

 

――夢がいっぱいあるからですか?

 

そうなんだよ、よくわかったね!みんなは絵を描いていたけど私は、マス目を20個くらい作って文字だけ書いたんだ、今思えばその時書いた夢は、今だいぶ叶えたものがあるね。例えば、その中にも会社を作るっていうのもあったし、クラブを作るっていうのもあったし、先生とかコーチもやってみたいっていうのもあったし。だからやりたいなーって思うことはいっぱいあったほうが良いと思う。つまり、みんなは夢とかやりたいことって整理できていないと思うんだけど、夢はたくさん持って、それで持つだけじゃなくて叶えなくちゃいけない。

 

 

 

――叶えるためには何が必要ですか?

 

夢を叶えるために必要なことは、まず一緒にやる人が大事。夢の内容にもよるけどだいたい叶えるためにはお金も必要、それで実際に会社やクラブを経営してみて思ったんだけど情報も大事。それから、知識(ノウハウ)も必要。それで並び替えるとどうなうかっていうと、

人 情報 知識 物 金

人情を知ると物ができて金が生まれる

人情を知ると金が集まってやりたい物が作れる

ってなるんだよね。

 

 

 

――なるほど!上手にできてますね!!

 

話しを整理すると、みんな忙しいとか、やりたいことを見つけたくてもなかなか見つからないでしょ?しかも、何がやりたいことなのかって最後までわからないんだよね。私も当時は何がしたいってわからなくてもがいてたんだよ。だから自分にとって楽しいなとか面白いなってことを見つける事の方が先。何か大きなことをしたいと思って見つかる人はほとんどいないって思った方が良いよ。だって自分に情報がないしノウハウも知識もないわけじゃん。だからこれをやっていたら楽しいなとか、これで人を幸せにできるなとか、自分自身が楽しいから幸せだなっていうものを見つけちゃえば、後はそこを突き詰めていけば、私の場合だと人が集まってきてみんなで日本一のサッカー・フットサルクラブ作ろうぜってなったわけ。

 

 

 

――楽しいとか面白いって、たぶん多くの人が持っていると思うんですよね。だけど日本の教育システム的に否定する部分があると思っていて、例えば小学生がスポーツ選手になりたいって言うと、「おー、頑張れ」みたいに言われると思うんですけど、高校でそれを言うと「本当にそうなれるのか?」みたいに否定的に言われちゃうんですよね。親も先生も「馬鹿か現実を見ろ」みたいな風に。

 

そうだよね!でも大学生になったら、高校のときなぜスポーツ選手になりたいと思ったか?と考えてみることが大事!自分の好きなサッカーで、応援してくれるひとや仲間が勝って喜んでくれるからJリーガーになりたい。と思ったとしたら社会の中で例えば就職しても自分の得意なことで、同僚を喜ばせ、会社から評価されるのが楽しいならJリーガーも会社員も実は同じだったりするわけ。つまり自分がどんな人なのかを知ることが一番大事、喜怒哀楽をコントロールできる人生が一番楽しいはず・・・それだけに、よくあるのだけどこの業界とかこの会社に就職しないとやりたいことができないっていう考えは止めたほうが良いね。実際に我々のクラブにいる人たちも、ほかの会社で働きながらずっとその夢を持ち続けながら、みんなそれぞれの知識をつけながら運営してきているわけ。でもその社会人としての知識が今すごく役に立ってるんだよね。私の場合だと、会社の経営してたことで選手のマネジメントとかに役に立ったし、逆もあって監督をやっていたから会社の経営ができてたわけなんだよ。

 

 

 

――中村さんの設立したトライステージ株式会社を調べてみたらマーケティングの会社だったのですが、フットサルと関係のないマーケティングの会社を設立させたのはなぜですか?また、どうして会社を作ったのですか?

 

理由はすごく簡単で、フットサルをする時間がもっと欲しかったからです。社長になればもう少し自由に時間も使えるのかなと言われずにやらしてもらえるんじゃないかなっていう理由なんだよ。一応、専修大学では経営学部の奥田ゼミというところでマーケティングを学んでいてね・・・数量化理論を使って予測をしたり、顧客のデータベースを上手に管理するのが得意だったから、人に商品を売るときにいつ、何をどのように売れば買ってくれるっていうポイントがよく分ったんだよね。話をまとめると、自分がやりたいことをやるために会社を作り、私が得意だったのがマーケティングの手法を使って予測すること、つまり予知能力を身につけたわけ(笑)。でも予知能力があるって言ってるだけじゃダメなので、情報とか知識を得た結果、この商品は当たります、この商品は当たりませんってわかっちゃうようになったんだよね。そしたら会社がたった3年で300億以上の売り上げになって気が付いたらその世界では日本一になってしまった。2006年に仲間と会社を設立したときに、日本一の会社にするという夢は、予知能力が予言した通り、たった2年で上場も果たし実現してしまったということだったわけ。その結果、経営という大変な経験もできたし、おかげで今は自分の好きなフットサルが思う存分できるので、会社を作ってよかったなと思うよ!

 

 

学生に向けて一言

 

――最後に学生に向けて一言お願いします。

 

本当に好きなこと楽しいことを信念を持って継続してやってほしいということです。だからこそ自分自身が信念を持ってできるものを早く見つけてほしいね。あとは5W1Hかな

Who  誰を

Why なぜ

What 何をして

Where どこで

When いつ

How どのようにして

喜ばせるかってこと。自分が楽しむんじゃないよ?あなたの夢である起業で例えるならば、起業はすばらしいこと、でも誰を喜ばすのか、困っている人を喜ばすのもいいし、頑張ってお金を儲けて社員やその家族、もちろんお世話になった両親を喜ばせたいでもいいし、これからできる家族を喜ばせたいでもいい。誰かのためでないと人は頑張れない、さらに続けることなんてもっと出来ないからね!

 

仕事よりもフットサルを 愛してしまった男、中村恭平さんの学生時代とは!?

 

 

今回のインタビューで何か好きなことを見つけてみたいと思った。そしてそれを信念を持って続けていって誰かを喜ばせられる人間になっていたい。また自分の将来の夢に一途に向かっていきたいと改めて思うことができた。中村さんが最後に残した5W1Hを常に意識してこれからの学生生活を頑張っていこうと思う。

 

 

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