【※インタビュー記事試作品】田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由(仮)

町工場を運営しながら世界遺産の保護会社を設立、田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由

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株式会社MIRADOR(ミラドール) 代表取締役

田島陽志 (たじま・ようじ)

 

【プロフィール】

専修大学出身。1980年生まれ。伯父の経営していた「有限会社田島製作所」を運営する傍ら、2011 年より同大学経営学部池本正純氏と有志の学生と共に、ナスカの地上絵を保護する活動「MIRADOR PROJECT(ミラドールプロジェクト)」を立ち上げる。2013年、創業補助金を取得し「株式会社MIRADOR」を設立。

 

 

埼玉県の新座駅から少し離れたところにある田島製作所にお邪魔して、田島さんへのインタビューを行った。

田島製作所とMIRADORと二つの企業を運営しながら、ナスカの地上絵を保護する活動で、実際に利益を上げているという田島さん。そのエネルギーの源は一体どこからやってくるのか。そして、世界遺産を守る、という発想がどこから現れたのか。そうした行動のルーツとなった部分に迫った。

 

 

ペルーとの出会いは「天空の城ラピュタ」と「一枚の写真」

 

――田島さんはどのような学生時代を過ごしていたのですか?

 

私は専修大学で国際経済学を専攻していました。そこでは、かなり質のいい勉強をさせてもらっていました。基本的に勉強するのが好きだったので、他学部の授業にもちょくちょく顔を出させてもらって勉強をしていました。あとは、めちゃめちゃGLAYのライブに行っていました(笑)学生時代からずっと追っかけをしていて、この年になっても北は北海道、南は沖縄まで行ったりしています(笑)

 

 

 

――田島さんは、ナスカの地上絵とどのような経緯で結びついたのでしょうか?

 

もともと、小さいころからペルーに憧れていました。私は、「天空の城ラピュタ」という映画が子どもの頃大好きだったのです。一度そういう場所に行ってみたいと思って調べていたら、「ラピュタのモデルとなった場所」という記事を発見しました。

【※インタビュー記事試作品】田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由(仮)

 

それがペルーの世界遺産であるマチュピチュだったのです。それで、もうこれは行くしかない!と(笑)

 

 

 

――なるほど、そんなに幼い頃からペルーに興味があったのですね

 

はい(笑) でも、社会人になってからでは、時間も限られているし、絶対にしっかりと見ることはできないだろうな、とずっと思っていて。それで大学4年のときに卒業旅行で初めてペルーの地に立ったのです。私がペルーに行った2004年は、治安があまり良くなくて大変でした。

 

 

 

――どうしてナスカの地上絵を守ろうと思ったのですか?

 

ペルーを調べていたら、ナスカの地上絵を保護している女性の写真をみつけて、「なんでドイツ人なのにペルーの地上絵を保護しているのだろう」と興味をもちました。当時からナスカの地上絵は知名度が高かったし、マチュピチュに並んでペルーの有名な観光スポットだったので、マチュピチュだけではなく、ナスカの地上絵観光をきめました。

そこで、ちょっと信じられない話を聞かされました。

 

 

 

――信じられない話、というのは?

 

遊覧飛行を行っているパイロットにナスカの地上絵について訊いたら、「あんたラッキーだったね」と言われました。「ナスカの地上絵はあと何年かしたら見られなくなる」と言ったのです。

 

 

 

――ナスカの地上絵といえば、かなり有名な世界遺産のはずですよね? どうして消えかけていたのでしょうか?

 

そもそもの話をするとですね…。ナスカの地上絵って、地上から見るとホントにただの溝みたいな形をしているのです。それも2~3cmくらいの。

 

【※インタビュー記事試作品】田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由(仮)
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↑ナスカの地上絵を地上から撮影した図。

 

 

 

――それは知りませんでした。ナスカの地上絵って、もっとしっかり地面に彫り込まれたモノだと思っていました。

 

ええ、そんなモノが、日本で邪馬台国の卑弥呼が生きていた時代から現代まで、ずっと残っているのだから奇跡ですよね。もともとあの地域は雨が全く降らないような地域で、そうした自然条件が重なり合って今に至るのです。ただ、近年その均衡が崩れかけている。異常気象による豪雨や、人の立ち入りが容易にできてしまうため、そうした人間の手による破壊が影響して、ナスカの地上絵はかなり危機的な状態となっています。

私が行った2004年は、地上絵保護を行っていたマリア・ライへ氏も亡くなって数年が経ち、誰も保護を行っていない状況でした。そんな現実を知った時、「自分がこの世界遺産を守りたい」と思ったのです。

 

【※インタビュー記事試作品】田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由(仮)
Greenpeace activists stand next to massive letters delivering the message “Time for Change: The Future is Renewable” next to the hummingbird geoglyph in Nazca in Peru, Monday, Dec. 8, 2014. Greenpeace activists from Brazil, Argentina, Chile, Spain, Germany, Italy and Austria displayed the message, which can be viewed from the sky, during the climate talks in Peru, to honor the Nazca people, whose ancient geoglyphs are one of the country’s cultural landmarks. (AP Photo/Rodrigo Abd)

↑「グリーンピース」を名乗る集団によって書かれた文字

 

 

 

――どうしてナスカの地上絵を守ろう、と一歩踏み出すことができたのでしょうか?

 

究極的には、僕自身のエゴというところが大きいです。自分が次にペルーを訪れたとき、そこにナスカの地上絵がない。自分たちの子どもの世代にナスカの地上絵を見せてあげることができない。そういうのが、すごく嫌だったのです。その気持ちを突き詰めていったら『地上絵を守る』という今の活動にたどり着いていました。マリア・ライへ氏も同じ気持ちで保護活動を行っていたのではないかと思います。

 

 

 

――活動を成功させていくための根拠はあったのですか?

 

根拠はそれなりにありました。国際経済学を学んで、貿易の仕組みやペルーの事情などには詳しくなっており、そうしたものを組み合わせて行けば自分の力で守ることができる、と確信のような気持ちはたしかにありました。あのときが、自分がそれまで学んできたことと、実際にやりたいと思ったことが繋がった瞬間だったと思います。

 

 

 

――実際の保護活動はどのように始まったのでしょうか?

 

この活動を始めるとき、いろいろ考えました。私は既に田島製作所という会社の運営を行っているから、NPO法人のような形にするか、それとも別の会社をたちあげるか。結果的に、会社を設立しました。

 

 

 

――それはなぜでしょうか?

 

非営利団体というのは、スポンサーがなにかのきっかけでいなくなると脆いのです。活動資金がなくなってしまうので。そうなると、継続的にナスカの地上絵を保護することができない。だから、企業として事業活動を行い、継続的に支援を行える仕組みを構築したかったのです。

 

 

ペルーは、日本人が世界で3番目に多い国。

 

――具体的には、どのような活動なのでしょうか?

 

ペルーを訪れる、観光客をターゲットにしたお土産を作っています。ナノテクノロジーにより作られた特殊な高純度の銀を、田島製作所が持っている金属加工の技術でアクセサリーにしています。

 

 

 

――なるほど、自分の持っていた「強み」を活かしたお土産を作ったのですか。

 

そういうことです。実は、ペルーって日本人が世界で3番目に多く住んでいる土地なので、事業活動を行う上での障壁がそこまで高くなく、それに加えて、現地のお土産産業はまだまだ未発達な部分が大きい。そうした事情を勉強して知っていたから、自信を持って市場に参入できました。ほかにも、銀製品だけでは価格が高いので、こんなモノを作っています……

 

【※インタビュー記事試作品】田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由(仮)
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――これは……クリップ、ですか?

 

その通りです。ナスカの地上絵の形がデザインとしてカッコよく見えるような製品を考えて、それで考案しました。文房具だから使い道が広いし、このサイズだから日本でつくったものをペルーに運びやすい。いろいろ考えるうちに、こんな製品が出来上がりました。

 

 

学生のうちに、「一歩踏み出す勇気」を。案外世界って変わりませんから。

 

 

――素晴らしい製品ですね! これは田島さんおひとりで考案されたのですか?

 

実はこれ、学生の皆さんと一緒につくったモノなのです。ナスカの地上絵を保護する、この「ミラドールプロジェクト」が始まってからもう6年目になるのですが、毎年ゼミみたいな形式で、志望してきた15人くらいの学生と一緒に活動をしています。

 

 

 

――学生はどのような活動をしているのでしょうか?

 

様々な企業や政府機関などを回るので、その打ち合わせに同行していただき、そこで意見交換をしたりしています。

 

 

 

――かなりアクティブに行動されるのですね。

 

ええ、学生のうちにそういう活動をしておくのって大事だと思います。実際に企業や社会を見て回ることで、「こういう企業に入るためには、こういうスキルを持っていなくちゃいけない」ということが分かります。つまり、自分に何が足りないかが分かるようになるのです。それに、自分がどういうことに向いていて、何ができるのかのヒントにもつながる。将来、自分に合った就職先を探す上での道しるべになってほしいという思いでインターンを行っています。

 

 

 

――ありがとうございました。それでは、インターン生ではない僕たちのような学生に向けて、なにか一言ありますでしょうか?

 

学生のうちに、「一歩踏み出す勇気」を持ってほしいと思っています。確かに、一歩踏み出すのは大変なように思えます。どう踏み出していいかわからないと思います。でも、一歩踏み出すのって自分が思っている以上に難しくないのです。それに、踏み出してみたら案外世界って変わらないです。だから、難しく考えずに一歩踏み出してみてください。そうやって踏み出して行って、自分に必要なもの、必要じゃないものを選んで行けばいいと思います。

プロっていうのは、自分が何に時間をかければいいのかを知っている人だと思います。私にとってそれは「学び」でした。机上での勉強だけでなく社会からの学びを積み上げて準備をしっかりやってきたから今があります。

他の人の良いと思ったところを吸収し、吸収したモノを自分なりに使う。時には立ち止まり、違う角度から検証を行う。そういったインプットとアウトプットの繰り返しで、自分に向いていること、本当にやりたいことが見えてくると思うのでぜひ実践してみてください。

 

【※インタビュー記事試作品】田島陽志さんがナスカの地上絵を守る理由(仮)
「ミラドールプロジェクト」に携わった池本正純教授(左)と田島さん(右)

 

 

間近でお話を聞かせていただいて、田島さんは感情と理論の人だと感じた。ナスカの地上絵を守りたい、と思ったままに行動し、行動を結果に表すための理論の追求を怠らない。田島さんの運営する「田島制作所」では、労働時間にあまり縛りを設けない代わりに、個人が勉強する時間を多く取っているそうだ。

「そのほうが、長期的に会社にとってプラスになるから」と、平然と言い放つ田島さんを見て、私たちがどうあるべきなのかを考えさせられた。

学生とは「学び、生きる」と書く。

うまい事を言ったものだ。

 

 

ミラドールプロジェクト

http://www.ag997.com/

MIRADOR Facebook
https://www.facebook.com/mirador.project.jp/

有限会社田島製作所ホームページ
http://tajima.matrix.jp/

 

 

 

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